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東京高等裁判所 平成2年(行コ)53号 判決 1994年4月18日

控訴人(原告) 日本第一石油有限会社

被控訴人(被告) 通商産業大臣

訴訟代理人 古江頼隆 比佐和枝 村田英雄 ほか七名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和六一年七月一四日付けでした控訴人の特定石油製品輸入事業の登録の申請を拒否する旨の処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

当審における当事者双方の主張を次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  特石法による本件登録制度の目的

(一) 特石法の目的は、外形的には「石油の安定的かつ低廉な供給の確保を図り、もって国民経済の発展と国民生活の向上に資する」ことを目的とする石油業法を補完するものとして、「特定石油製品の輸入を円滑に進める」ための暫定措置を定めたものであることは確かであるが、実際の隠された法の目的ないし現実の法の機能は、法文上の目的とは必ずしも一致しない。特石法の実質的な立法目的や機能は、特定石油製品の輸入者を被控訴人の行政指導のコントロールの範囲内にとどまる石油精製業者に限定するところにある。

実際の特石法の目的と運用結果が控訴人の右主張のとおりであることは、国の刊行物である経済企画庁発行の「物価レポート九〇」(甲第二一号証)においても「ガソリンの輸入は現在登録制となっていますが、事実上、輸入は石油精製業者に限られています。」と明記されていることからも知ることができる。

(二) 特石法が要求する石油精製設備については、石油業法の石油精製業の許可(同法四条)がなければ使用することができないはずであるが、実際には、本件処分がなされた昭和六〇年頃には、被控訴人は石油精製設備の増設、新設の許可を出していないのであるから、特石法の要求する石油精製設備を設置した者が石油業法の石油精製業としての許可を受けることは実質的には不可能なことであった。特石法が石油業法上の右許可を受けない者でも本件登録要件として認めているというのであれば、結果的には全く法的に使用できない設備しかなくても輸入を認めているということであり、そもそも石油精製設備なしで輸入を認めても法的には同じことになる。このように石油業法上の許可のない石油精製設備とはまさに形だけの設備であり、設備にかかる費用が巨額に達することをも考え併せれば、その設置を義務づける目的は、新規企業の石油製品輸入に対する参入を阻止するための障壁を設けることを意図したものに過ぎない。このことは、石油の品質調整設備の設置の場合も同様である。

(三) 実際の法の目的ないし機能が前述のとおりであるとすれば、特石法の規制自体公共の福祉に合致するとはいいがたいものというべきであり、特石法による本件登録制度が公共の福祉に合致することを前提とする憲法判断は誤りである。

2  本件登録要件の不合理性

(一) 日本以外に本件の一号、三号要件のような規制を行っている国はない。このことは、本件規制が著しく不合理性な制度であることを端的に示している。

(二) 特石法の存在が石油製品価格を割高にしている点については、経済企画庁の試算(甲第一三号証)のほかにも、同庁発行の前記「物価レポート九〇」及び日刊燃料油脂新聞報道(甲第二〇号証)等によって裏付けられているから、本件登録制度は著しく不合理なものである。

3  一号要件について

(一) 特石法五条各号の要件になっている各種能力は、いわば抽象的に頭で考えられた必要能力であって、市場メカニズムの現実では、このように個別に考えられなくても、総合的に調整可能である。すなわち、個別業者ごとに得率調整を行う必要は最初から存在しないのであって、市場に参加している各業者が、総合的に得率調整をするように生産を行えばよいのであり、我が国のように、石油産業全体として、これらの能力が備わっていれば、それで足りるのである。

(二) 被控訴人の主張する特定石油製品の輸入を自由化した場合の連産品特性から生ずる弊害が、現実的にはほとんど可能性のないものであることは、特定石油製品に先行して事実上輸入が自由化されたナフサをめぐる状況(石油製品市場に何らの混乱を来していない。)が示している。

4  三号要件について

(一) 品質調整については、外国の輸出精製業者に品質調整を行わしめて、品質調整済みの製品を輸入することで容易に解決できる。たとえ少量のロットであっても、継続的取引関係が生ずれば、外国の輸出精製業者が品質調整を実施し、日本側発注者の希望条件を充足することは容易なことであり、各ロット毎に品質分析証明書を添付させればよい。このようにすれば、品質調整能力は不可欠ということには当たらない。

(二) 国内の製品の品質については、JISによって定められているにすぎず、法的な基準をおかなかった以上、品質問題を規制の根拠にすることは、国内製品には課していない規制を事実上輸入製品に課することとなり、極めて不合理である。また、国外あるいは国内で、製品の品質が低くて現実にトラブルが生じている事実はないし、その可能性を示す資料もない。

(三) 逆に有鉛ガソリンが輸入された場合、経済的に成り立つ方法でそこから鉛分を取り出すことは、現実的には困難であり、品質調整設備を要求しても意味がない。

二  控訴人の主張に対する被控訴人の反論

1  特石法による本件登録制度の目的

(一) 特定石油製品輸入業者の登録の際には、特石法五条一号の設備を有しているか否かという物理的条件を検討すれば、必要かつ十分であり、石油業法上の許可を受けているかどうかは関係がない。

ただ、法は、同法五条一号で定めた基準を満たす者が石油業法上の石油精製業の許可を受けていることを期待してはいる。また、同法五条一号の設備を有する者が、当該設備を全く使用しないことは企業活動の経済的合理性から考えにくいことであり、事実上、石油製品の輸入主体が石油業法上の許可を受けた石油精製業者に限られると考えられる。しかし、これは、石油製品の安定かつ低廉な供給の確保の必要性と石油製品の輸入の必要性との調和を図るためであり、法の規制の結果として、事実上輸入業者が石油精製業者に限られるとしても、特石法の目的の合理性が失われることにはならない。

(二) 危機的状況が生ずるまでは、特定石油輸入業者の所有にかかる石油精製設備は稼働しなくても差し支えなく、危機が生じたとき石油業法四条の許可を得て稼働を開始すればよい。仮に特石法三条の登録が事実上ないし結果的に石油業法四条の許可を要件としていることになるとしても、特石法三条所定の特定石油製品輸入業者登録制度によって守られる国民経済、国民生活上の利益は極めて大きく、一方これによって失われる利益は小さいので、この程度の規制は立法権の裁量の範囲内にあるというべきである。

2  本件登録要件の合理性

(一) 我が国が必要としているエネルギー資源のうち、輸入によってまかなわれている分は全体の約八割を占めるのに対し、国産分は約二割に過ぎない。さらに、我が国が輸入しているエネルギー資源のうち、石油の占める割合が極めて大きく、殊に中東産地域の石油の占める割合が多大である。結局、我が国のエネルギー構造は、融通のきかない脆弱な体質を持つといわざるを得ないのであり、他の国との比較は困難である。

(二) 特石法は、石油業法の目的である「石油の安定的かつ低廉な供給の確保を図ること」を当然の目的とするものであるが、安定的ということと低廉ということとは必ずしも一致するものではなく、逆に矛盾することもあり得るもので、その間のバランスが重要である。ガソリンは国際価格よりも高いが、灯油はむしろ低いのが実情である。

3  一号要件について

(一) 特石法が担保しようとしているのは、まさに控訴人が前提としている各業者が、総合的に得率調整をするように生産を行うことができる制度である。

(二) 自由化によって輸入される原料用ナフサは、その国際的な市場が他の石油製品に比べて大きく、また、ナフサはその全部が石油化学業界という限られた業界によって産業用に使用されるものであるから品質上の問題が少なく、かつ、輸入量の変化の国民生活への影響が間接的である。

4  三号要件について

(一) 我が国内の品質基準は世界的に見て最も厳しいということができ、また、同基準にはそれぞれの設定理由があるため、当該基準に満たないものが国内で流通すれば、各種の弊害が起こることは容易に予想される。そして、我が国の品質に適合しない石油製品について輸入を認めない制度をとるよりも、輸入者が必要に応じて品質調整を行うことにより、輸入品を日本の規格に適合させる制度を採る方がより適切である。

(二) JIS規格は法的な規制ではないが、これに適合するように求めることは、人の健康及び環境保全に資することになる。輸入品、国内品のいずれについても、消費者保護の観点から事実上JIS規格適合品が求められている。

(三) 有鉛ガソリンが輸入された場合でも、その鉛分の除去は、石油精製業者の保有する既存の設備によって可能である。

第三証拠関係<省略>

理由

一  控訴人が石油製品の輸入及び販売等を目的とする会社であること、控訴人が昭和六一年六月二五日、被控訴人に対し、特石法三条に基づき、揮発油について輸入事業登録の本件申請をしたところ、被控訴人が、同年七月一四日付けで、控訴人が同法五条一号及び三号の規定に適合しないとの理由で右申請に係る登録を拒否する本件処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  特石法の本件登録制度と憲法二二条一項

1  控訴人は、本件登録制度の内容をなす登録要件を定めた特石法五条のうち、一号及び三号が職業選択の自由を保障する憲法二二条一項の規定に違反する無効な規定であり、違憲無効な右各号に適合しないことを理由としてなした本件処分は違法であると主張する。

2  憲法二二条一項は、国民の基本的人権の一つとして職業選択の自由を保障している。本件登録制度を定める特石法三条の規定は、「特定石油製品の輸入の事業を行おうとする者は、通商産業省令で定めるところにより、特定石油製品の種類ごとに、通商産業大臣の登録を受けなければならない。」というものであり、これは、右登録を受けなければ特定石油製品輸入事業を行うことができないとするものであって、憲法二二条一項の職業選択の自由を制約するものである。

もっとも、職業は、その性質上、社会的相互関連性が大きいものであるから、職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請が強いものである。しかし、職業の自由に対する規制措置は事情に応じて各種各様の形をとるため、その憲法二二条一項適合性は、具体的な規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較した上で慎重に決定されなければならない。その合憲性の司法審査に当たっては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的な内容及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきであるが、右合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭があり得る。そして、一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである(最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照)。そして、本件登録制度も、その実質において許可制と変わりがないから、右の見地に立ってその憲法適合性を考えるべきである。

3  控訴人は、本件登録制度の目的が、既存の石油精製業者以外の者が特定石油製品輸入事業に参入することを不可能にし、既存の石油精製業者に特定石油製品輸入事業を独占させることにあり、公共の利益のために必要なものではないと主張するので、まず、本件登録制度の目的が重要な公共の利益のために必要なものと認められるか否かについて検討する。

(一)  成立に争いのない甲第一号証の一ないし六、同第二号証の一・二、同第八号証、同第一一号証、乙第一ないし第八号証及び同第一二号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一五ないし第一九号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる乙第二七号証、証人入江一友の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(1) 石油は、我が国の一次エネルギー供給の中心を占めているだけでなく、その用途は極めて広範囲にわたり、我が国経済の根幹を支える不可欠のエネルギー資源である。しかし、我が国の石油供給構造は、国内に石油資源が乏しく、原油供給のほとんど全量を海外からの輸入に依存しており、右輸入の大半はホルムズ海峡周辺の産油国からのものである。このように、我が国の一次エネルギーの石油依存度、石油の輸入依存度、輸入原油のホルムズ海峡依存度のいずれをとっても主要先進諸国に比して高い水準にあり、我が国のエネルギー構造は極めて脆弱で、その安定供給の確保は我が国のエネルギー政策の根幹をなすものである。

(2) 石油製品は、原油を精製する過程においてそれぞれ一定の比率(得率)で製造されるという連産品特性を有し、ある種類の石油製品だけを製造することができないという、他の工業製品と大きく異なる特性を持っている。右特性上、ある種類の石油製品の輸入が増大した場合、それに対応して国内需給のバランス上当該石油製品の国内生産量を減少させることになると、原油精製量の縮小という事態を招き、そのために他の連産される石油製品の国内生産量の減少をもたらすことになる。その結果一部の石油製品は供給不足となり、我が国の石油製品全体の安定供給は害されることとなる。また逆に、他の石油製品の生産量を維持しようとする場合には、当該石油製品が過剰となる。いずれにしても石油製品の無秩序な輸入は、国民経済に大きな混乱を引き起こすこととなる。

(3) そのため、我が国では、石油のエネルギー資源としての重要性及び石油製品の連産品特性に鑑み、石油製品の国内への安定的かつ低廉な供給を確保することを石油政策の最大の課題とし、国内の需要動向に対応した石油製品の安定的な供給のため、戦後一貫して、原油を輸入し国内で精製するという方式(消費地精製方式)を基本として石油政策が展開され、昭和三七年には、石油業法が、「石油精製業等の事業活動を調整することによって、石油の安定的かつ低廉な供給の確保を図り、もって国民経済の発展と国民生活の向上に資することを目的」(同法一条)として制定されている。

(4) 石油業法によれば、石油の輸入は同法一二条の通商産業大臣への届出ですることができることになっているが、これは、同法が制定された当時は、揮発油(ガソリン)等の石油製品の貿易市場は乏しく、石油の輸入としては原油の輸入のみが考えられたところ、原油については届出制による輸入の制度を採用しても、精製段階での石油精製業の許可制(同法四条)があるため、全体の需給のバランスがとれるという考え方からであった。したがって、同法が石油の輸入について届出制を採用していたものの、石油製品の輸入は、通商産業省・資源エネルギー庁の行政指導によって原則として抑制され、その後、重油、ナフサ及び液化石油ガス(LPG)の三油種については、右行政指導により、消費地精製方式の補完として輸入が認められてきたが、その他の油種、すなわち揮発油、軽油及び灯油の輸入は全面的に輸入が抑制され、行われていなかった。これは、これらの油種については、貿易市場が原油、重油等に比べて規模が小さく、主たる供給源を輸入に依存することは、量的にも価格的にも不安定であること、揮発油等の輸入が増えると、その国内生産が減るため、石油製品の連産品特性から他の油種の供給もあわせて減り、国内の石油製品の安定的な供給に支障を及ぼすおそれが極めて強かったこと、消費者に直接提供される揮発油等については、粗悪な石油製品が流入した場合に消費者が購入時においてその品質を判断することが困難であり、生活上より大きな弊害が生ずること等の問題があるためであった。

(5) しかるに、昭和五〇年代後半に至り、中東産油国が原油よりも付加価値の高い石油製品の輸出を図るため、輸出用の製油所を持つようになったことなどから、石油製品の輸出が増大し、石油製品貿易市場の規模が拡大することが予想されるようになった。このような事態を受けて、各石油消費国において中東産油国等から石油製品をいかに円滑に輸入するかが課題となり、昭和六〇年七月、IEA(国際エネルギー機関)閣僚理事会において、「供給の安全保障に留意しつつ、市場機能を基本として円滑に石油製品が流通する条件を創出すべし」とのコミュニケが取りまとめられ、石油製品輸入を行うための措置を講じることが国際的に要請されるようになり、我が国に対しては、欧米各国からも揮発油等の輸入を強く要請されるに至った。同年七月には、臨時行政改革推進審議会において「所要の条件整備を行った上で漸進的国際化を図っていくべきである」との趣旨の指摘が行われた。こうした内外情勢を踏まえ、石油審議会石油部会小委員会で検討が行われ、同年九月、同委員会の中間報告において、第一に、安定供給の基本となる消費地精製方式を基本としつつ、市場機能を尊重して、国際協調の観点から石油製品輸入の調和ある拡大を図ること、第二に、これまで輸入が行われないできた揮発油等についても、時期を逸することなく、輸入の道を開くこと、第三に、輸入の道を開くに際しては、石油製品輸入と国内精製との弾力的な選択、組合せによって需給の変動に対応し得ること、消費者利益のため十分な品質確保能力を有すること、緊急時のための備蓄を確保し得ること等の要件を充足する輸入主体による輸入を推進することが提言されるに至った。

(6) これを受けて、石油製品の輸入の実施のために、法律によって輸入促進の措置がとられることとなった。そして、発展途上国あるいは中進国の経済成長及び民生の向上によって石油製品の需要は増大し、石油製品生産国の国内消費も増大し、他方で石油開発による石油生産の低減が予想され、国際石油市場全体として中長期的展望においては石油需給は逼迫してくるとの見通しもあり、しかも、石油製品貿易は国際政治情勢の中で非常に不安定な状況で、内外の石油情勢の見通しが不透明であることを踏まえ、右輸入の推進は、石油業法自体の改正ではなく、臨時暫定法による措置として行うこととなり、「最近における石油製品貿易をめぐる国際環境の著しい変化等に対応し、特定石油製品の輸入を円滑に進める」(特石法一条)との趣旨で特定石油製品(揮発油、灯油及び軽油)について石油業法の輸入業に関する規定を修正するため、特石法が、「昭和七一年三月三一日までに廃止するもの」(特石法附則2)として制定されるに至った。

(7) 特石法においては、右石油部会報告にそった観点から、石油製品輸入と国内精製との組み合わせが図り得ること、貯蔵を行い得ること、品質調整を行い得ることの三点を登録要件として、適格な輸入主体を登録に係らしめる等の措置を講ずることにより、市場機能を尊重しつつ揮発油等の輸入を開始することとし、本件登録要件が設定された。

(8) 一号要件で要求される石油精製設備の内容は、揮発油については、原油常圧蒸留設備、脱硫装置及び石油改質設備又は石油分解設備であり、灯油及び軽油については、それぞれ原油常圧蒸留設備及び脱硫装置であり(特石法施行規則別表第一)、右の原油常圧蒸留設備は、一日当たりの処理能力が一六〇キロリットル(約一〇〇〇バーレル)以上であり、かつ、内部の棚段の数が三〇以上であって還流装置が取りつけられているものとされている。そして、被控訴人のヒアリングの結果によれば、精製設備等の建設費としては、おおよそ、常圧蒸留装置(一日当たり一〇万バーレル)が一二〇億円、流動床式接触分解装置(一日当たり二万バーレル)が二三〇億円、石油改質装置(一日当たり二万バーレル)が一四〇億円、灯軽油脱硫装置(一日当たり二万バーレル)が四〇億円かかるとの見積もりがなされている。

(9) このような設備投資は高額なものであり、当該設備を全く使用しないでおくことは企業活動の経済的合理性から考えられないところ、我が国の原油処理能力(常圧蒸留装置能力)は過剰状態にあるとして、昭和五八年には一日当たりの処理能力一〇〇万バーレル分の設備削減が行われ、昭和六一年から三年を目処に一日当たりの処理能力七〇万ないし一〇〇万バーレル分の設備削減が進められ、既存精製業者以外の者が新規に石油精製業の許可を受けることは困難な状態にあった。

(二)  右認定事実によれば、特石法は、諸外国からの特定石油製品輸入自由化及び促進の要求に対し、それまでの行政指導に代えて、右石油製品の輸入を認めることとし、石油の連産品特性から、特定石油製品、とりわけ揮発油の無秩序な輸入が他の油種の品不足を生じたり、また、国際石油製品市場が拡大するか縮小するかの動向を見通すことが非常に付けにくい状況もあって、将来的に石油製品の安定的かつ低廉な供給を図る必要があるため、高度な石油精製能力を備えるべきことを同法五条の要件として設定し、右要件を充たした者を登録することとしたものであると認められる。そして、特石法は、このような方法によって石油製品輸入の促進を図り、消費地精製主義を維持し、これを通じて究極的には石油業法の目的である「石油の安定かつ低廉な供給の確保を図り、もって国民経済の発展と国民生活の向上に資すること」を達成しようとするものである。したがって、「最近における石油製品貿易をめぐる国際環境の著しい変化に対応し、特定石油製品の輸入を円滑に進めるため、特定石油製品の輸入の事業に関し必要な暫定措置を定める」(特石法一条)との特石法の目的は、高度な石油精製能力を有する者にのみ石油製品の輸入を認めることで、消費地精製主義を変更することなく石油製品の輸入の促進を図り、外国との良好な通商関係を維持することを目的とするものであるというべきであり、三号要件も石油製品の品質の確保がその輸入を阻害することにならないようにする方策として設けられたものと解される。

控訴人は、本件登録制度の目的が、既存の石油精製業者以外の者が特定石油製品輸入事業に参入することを不可能にし、既存の石油精製業者に特定石油製品輸入事業を独占させることにあると主張するところ、前記認定の石油業法の石油精製業許可の運用の実情に鑑みれば、既存の石油精製業者以外の者が石油精製業の許可を得ることは著しく困難となっていることが認められるから、本件登録要件の設定は既存の石油精製業者以外の者の参入を著しく困難にすることは推認できる。しかし、そのような結果となるのは、石油製品の安定的かつ低廉な供給を確保するために消費地精製主義を基本に置きながら、石油製品輸入の促進を図るゆえに高度な石油精製能力を輸入業者が備えることを求めたからであり、法的には、石油精製業を営むのに必要な設備と本件登録要件を満たすのに必要な設備とは一致していない。特定石油製品を輸入しようとする者は、特石法五条一号の得率調整設備を占有しておればよく、これを所有することまで求められていないから、既存の石油精製業者の設備のレンタルを受けて、これを利用することもでき、既存の石油精製業者以外の者が特定石油製品輸入事業に参入することが不可能となっているわけではない。また、特定石油製品輸入のための設備投資に要する費用等の面から、その設備投資をしてこれを所有する者が現れず、結果として既存の石油精製業者に特定石油製品輸入事業を委ねることになっても、特石法の目的が、そのこと自体を意図したものということはできない。

そして、前述のとおり、我が国における石油の安定的な供給は、産業用・家庭用を問わず、国民の日常生活にとって必要不可欠なものであるところ、石油には連産品特性があり、しかも、石油製品の貿易市場は、原油市場に比べて歴史が浅く規模も小さいため、変動が激しく中長期的に安定確立ができない市場であるから、石油製品輸入業者の得率調整能力が有効に機能する範囲内で輸入を実施することは、エネルギー行政の根幹をなす石油政策全体として、一つの合理性を有するものということができる。したがって、その輸入主体をこれらの能力を持ち合わせた者に限定することは、特石法が時限立法として制定されたことをも考え併せれば、重要な公共の利益のために必要な措置ということができる。

(三)  よって、特石法及び本件登録制度の目的が公共の利益のために必要なものではないとの控訴人の右主張は採用できない。

4  次に、本件登録制度の内容及び規制方法の合理性について検討する。

(一)  社会経済の分野において、職業選択の自由にかかわる法的規制措置を講ずる必要がある場合、どのような対象について、どのような手段・態様の規制措置が適切妥当であるかを総合判断するにあたっては、その社会経済の実態についての正確な基礎資料が必要であり、具体的な法的規制措置が現実の社会経済にどのような影響を及ぼすか、その利害得失を洞察するとともに、広く社会経済政策全体との調和を考慮する等、相互に関連する諸条件についての適正な評価と判断が必要である。このような評価と判断の機能は、まさに立法府の使命とするところであり、立法府こそがその機能を果たす適格を具えた国家機関であるというべきである。したがって、右に述べたような個人の経済活動に対する法的規制措置については、立法府の政策的技術的な裁量に委ねるほかはなく、裁判所は、立法府の右裁量判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることが明白である場合に限って、これを違憲として、その効力を否定することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五八六頁参照)。

(二)  これを本件についてみるに、本件登録要件は、前記二3のとおり、石油製品の輸入の促進を図り、外国との良好な通商関係を維持するとともに、石油の安定かつ低廉な供給の確保を図るため、輸入主体を高度の石油精製能力、貯蔵能力及び品質調整能力を有する者に限定するものである。そして、一号要件は、石油製品の連産品特性及び石油貿易市場が未完成であることから生じることが予想される一部石油製品の供給不足の事態に対処するために得率調整能力の保持を定めたものであるから、積極的・社会経済的政策目的による職業選択の自由に対する制約であることは明らかである。

また、前掲甲第一号証の一ないし六、成立に争いのない甲第一九号証及び乙第二〇号証、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一四号証の一ないし三、弁論の全趣旨により原本の存在及びその成立が認められる甲第一五号証及び証人入江一友の証言並びに弁論の全趣旨によれば、我が国では、鉱工業品について、適性かつ合理的な工業標準の制定及び普及により工業標準化を促進することによって、鉱工業品の品質の改善、消費の合理化等を図り、併せて公共の福祉の増進に寄与することを目的とする工業標準化法が制定されているところ、特定石油製品についても、同法に基づく日本工業規格(JIS)が制定されており、右規格は高品質な基準であること、我が国の石油産業は、行政指導及び自主的判断により、無鉛化を始めとする右規格に適合する石油製品を製造し、石油製品を利用する工業製品も、右規格にあった仕様のものが生産、販売されていること、しかし、海外で生産される特定石油製品には、右規格に適合するものもあるが、規格に適合しないものが多いため、国内の品質に適合しない特定石油製品が輸入された場合、消費者が購入時に品質を判断することはその性質上極めて困難であることから、それが国内に出回れば害悪が発生するおそれがあること、そのため、輸入に当たり品質の規制を行い、不適合品の輸入を制限して適合品のみの輸入を認めるものとすると、品質の異なる外国製品を排除することに終わってしまい、積極的に特定石油製品の輸入を図ろうとする特石法の目的を達成することができないので、特定石油製品の輸入を円滑に進めるため、このような基準に合わない製品でも輸入することを認めた上、輸入業者による品質の調整が行われるようにすることにより、国内の需要として定着させることとし、三号要件を設けたことが認められる。

そうすると、三号要件は、間接的には消極的・警察的目的のための規制に繋がる効果を有するものであるが、消費者の安全の確保のためという警察的な視点から設けられたものではなく、内外の品質格差があっても石油に関する国際的な取引の要求に応えざるをえなかったためにあえて輸入を行うことにし、輸入主体を品質の調整を行うことができる業者に限定したものであるから、同要件もまた、積極的・社会経済的政策目的による職業選択の自由に対する制約というべきである。

(三)  そこで、右(一)の見地に立って、特石法五条一号及び三号の各要件の内容が右規制目的を達する手段として著しく不合理でないことが明白であるかについて検討するに、一号要件は輸入主体が高度の石油精製能力のある者に限定することを前提に、これを行うに足りる必要な設備の保持を定めたものであり、三号要件は、海外において我が国の品質に合致しない石油製品の多い実情及び一号要件において石油精製能力を有することを前提に、一定の品質調整能力を持つ者に限定したものであって、いずれも前記二3認定の特石法の目的を実現するのに実効的なものであり、規制手段として著しく不合理であることが明白である場合ということはできない。

控訴人は、日本以外に本件一号、三号要件のような規制を行っている国はないとして、本件規制は著しく不合理なものであると主張する。しかし、成立に争いのない乙第三七号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる乙第三六号証、同第三八号証及び同第三九号証の二、証人入江一友の証言並びに弁論の全趣旨によれば、諸外国は、エネルギー資源の輸入依存度、石油依存度、石油製品の規格、品質等の実情はそれぞれ我が国とは異なることが認められるから、諸外国において特石法のような規制が採用されていないからと言って、本件登録制度が著しく不合理であるということはできない。

また、控訴人は、本件登録制度が既存の石油精製業者に特定石油製品の輸入事業を独占させる結果となり、石油製品価格を割高にし、輸入の増加に結びつくものではないので、石油製品の低廉な供給の確保に繋がらないと主張する。しかし、前掲甲第一号証の一ないし六、成立に争いのない乙第二三号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる乙第二四ないし第二六号証、同第二九号証、同第三一号証及び同第三三号証、証人入江一友の証言並びに弁論の全趣旨によれば、我が国では、ガソリンは国際価格よりも高いが、灯油はむしろ国際価格より低いのが実情であること、ガソリンの価格が高いのも、政策によって他の石油製品の価格が抑えられている結果による利益減少を補う方策としての意味があること、輸入も特石法制定前に比べて増加していることが認められる。

確かに本件登録制度が特定石油製品の輸入事業の寡占化とそれによる右製品の供給価格の低廉化の障害を生ずるおそれがあることは否定できない。しかしながら、右のおそれについては、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に基づく公正取引委員会の処分や、石油業法一〇条一、二項、一二条二、三項、特石法一二条二項等に基づく通商産業大臣に対する届出、報告徴収及び同大臣の勧告による石油製品の需給調整措置によっても対処することが可能であり、また、そのような対処が経済政策として予定されているから、本件登録制度が特定石油製品の価格の低廉化の妨げになって本件登録制度が著しく不合理であるとは認められない。

(四)  一号及び三号の各要件の不合理性に関する控訴人のその余の主張及びこれに対する当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由の二2(二)(三)(五)及び3(三)ないし(六)に説示のとおりであるから、これを引用する。

(1) 原判決二六枚目裏一行目から同一一行目までを次のとおり改める。

「 石油製品が連産品特性を有すること、右特性上、ある種類の石油製品の輸入が増大した場合、それに対応して国内需給のバランス上当該石油製品の国内生産量を減少させることになると、原油精製量の縮小という事態を招き、そのために他の連産される石油製品の国内生産量の減少をもたらし、一部の石油製品は供給不足となり、我が国の石油製品全体の安定供給は害される可能性が高いこと(この場合、石油精製業者が当該石油製品が過剰となる結果を承知で他の石油製品の生産量を維持することや、右の過剰の石油製品を外国に輸出することも考えられるが、現実の輸入対象が揮発油であることを考えると、他の石油製品は付加価値が低いのが実情であるから、実際には経済的にみて右のような状況は期待できない。)は、前認定のとおりである。そして、現時点において、石油精製技術の向上による得率調整の変更及び代替エネルギーの転換等によっては、右供給不足に十分対応することができるものとは認められない。

控訴人は、石油製品の供給不足の発生の場合においては、市場メカニズムによる調整力によって十分調整可能であると主張し、個別業者ごとに得率調整を行う必要はなく、市場に参加している各業者が、総合的に得率調整をするように生産を行えばそれで足りる旨の意見書(甲第二二号証)を援用する。しかし、特石法が担保しようとしているのは、まさに右意見書が前提としている、各業者が総合的に、得率調整をするように生産を行うことができる制度である。得率調整能力を備えていない輸入業者が増えれば、石油業界全体としてもこれを行うことができなくなることは推認できるから、控訴人の右主張は採用することができない。

また、控訴人は、被控訴人の主張する特定石油製品の輸入を自由化した場合の連産品特性から生ずる弊害が、現実的にはほとんど可能性のないものであることは、特定石油製品に先行して事実上輸入が自由化されたナフサ(粗製ガソリン)をめぐる状況、すなわち、その自由化が石油製品市場に何らの混乱を来していないことが示している旨主張するが、原本の存在及び成立に争いのない乙第四二号証及び証人入江一友の証言並びに弁論の全趣旨によれば、ナフサは原料としての性格のもので、改質装置によって揮発油に転換することができるものであり、生産得率の変更が容易であることや、その国際市場が豊かであることが認められるから、特定石油製品と同一に論じることはできない。」

(2) 原判決二八枚目表八行目末尾に「もっとも、原本の存在及び成立に争いのない乙第四八号証及び証人入江一友の証言によると、一九九〇年代になってからの国際石油市場の動向は、右報告書の予想どおりでないものの、石油開発による生産量の低減化と石油製品の国際需要の増加という要因によって国際石油製品市場における石油製品の供給がなお見通しのつかない状況であることに変わりがないことが認められる。」を加える。

(3) 原判決三七枚目表九行目の冒頭から同一一行目の「得ない上、」までを「三号要件が直接的には品質規制という消極的・警察的目的のために設けられているものではなく、」に改める。

(4) 原判決二3(四)の第二段を次のとおり改める。

「 しかし、三号要件は、品質不適合品の流通による弊害防止を直接の目的として設けられたものではなく、控訴人主張の右国内流通段階での品質確保を目的とする規制手段は、輸入の促進を目的とした三号要件とは次元を異にするものであるから、三号要件の必要性、合理性を否定する理由となるものではない。

また、控訴人は、品質調整については、外国の輸出精製業者に品質調整を行わしめて、品質調整済みの製品を輸入することで容易であり、たとえ少量のロットであっても、継続的取引関係が生ずれば、外国の輸出精製業者が品質調整を実施し、日本側発注者の希望条件を充足することは容易なことである(各ロット毎に品質分析証明書を添付させればよい。)から、品質調整能力は不可欠ということには当たらない旨主張するが、日本の基準を押しつけるよりも、一号要件の設備を有する石油精製業者が事実上特定石油製品の輸入業者になることが多いことを考えれば、輸入を認めた上で輸入業者による品質の調整が行われるようにすることにより、国内の需要として定着させることとすることも、石油事業に関する政策全体として合理性があり、三号要件を品質確保の面でのみとらえて著しく不合理であるというのは正当とはいえない。」

(5) 原判決三八枚目裏四行目の「要件であり、」の次に「輸入業務の態様にかかわる要件ではないから、」を加え、同三九枚目表三行目の「右(一)で述べたとおり」を削り、同八行目の末尾に「また、控訴人は、有鉛ガソリンが輸入された場合、経済的に成り立つ方法でそこから鉛分を取り出すことは現実的には困難であるとも主張するが、右事実を認めるに足る証拠もなく、」を、同一一行目の次に「また、控訴人は、国内の製品の品質については、JISによって定められているにすぎず、法的な基準をおかなかった以上、品質問題を規制の根拠にすることは、国内製品には課していない規制を事実上輸入製品に課することとなり、極めて不合理であると主張するが、輸入品について国内で品質調整するのに国内製品と同様に消費者保護の観点から事実上JIS規格の適合を求めることが著しく不合理であるということはできない。」をそれぞれ加える。

5  以上のとおり、特石法五条一号及び三号は、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置を定めたものといい得るものであり、著しく不合理であることが明白な規制措置であるとはいえないから、公共の福祉の要請に適い、いずれも憲法二二条一項に違反するものとはいえない。

三  本件処分の適法性について

1  右二で述べたとおり、特石法五条一号及び三号はいずれも憲法二二条一項に違反するものとはいえないので、一号要件及び三号要件を違憲として本件処分が違法であるとの控訴人の主張は容認できない。

2  控訴人は、憲法二二条一項で職業選択の自由が保障されていることに鑑み、特定石油製品の輸入を円滑に進めるという特石法の目的に反しない限り、同法五条各号の全部に適合していない者の登録申請であっても、これを拒否できないものと解すべきであると主張する。

しかし、特石法五条の登録要件は、既述の立法目的から輸入主体を特石法の五条一号ないし三号の登録要件を有する者に限定するために設けられたものであり、同条各号の一つでも適合しない者については右の登録をせず、かつ、石油製品輸入を認めない趣旨であると解することができるから、控訴人の右主張は採用できない。

そうすると、控訴人が一号要件及び三号要件に適合しないことは当事者間に争いがないから、控訴人が一号要件及び三号要件に適合しないことを理由としてなされた本件処分に違法はない。

四  よって、控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきであるところ、当裁判所の右判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用は控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 櫻井文夫 鬼頭季郎 柴田寛之)

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